JIMMY PAGE使用機材その①

アーティストペダルボード研究、第3回はエリック・クラプトンと同じくヤードバーズに在席した三大ギタリストの一人ジミー・ペイジの使用機材を見ていきたいと思います。

ジミー・ペイジはやはりLED ZEPPELINでの活動がメインですが60年代終盤から70年代終わりまでの限られた期間だけみても、使用機材に関してかなり謎が多いギタリストという印象です。

セッション・ミュージシャン時代

ジミー・ペイジはギタリストとしてのキャリアを様々なアーティストのレコーディングを請け負うスタジオ・ミュージシャンとしてスタートさせています。このセッション・ミュージシャン時代にメインで使用していたと思われるギターがビグスビーのトレモロアームを搭載した黒のレスポール・カスタムです。

同タイプのギター

LED ZEPPELIN DVDのDisc 1にも収録されている1970年ROYAL ALBERT HALL公演でもこのギターを使用しているのが確認できます。

アンプに関してはセッションマン時代にFenderアンプやSelmerというフランスの管楽器メーカーのアンプと一緒に写っている写真があるので、それらを使用していたと推測されます。

またジミヘンのエンジニアとしても知られるロジャーメイヤー氏とも交流がありKINKSのレコーディングで特注のファズを使用したというインタビューもあります。

これらを組み合わせたものがスタジオミュージシャン時代のサウンドの要になっていたものと思われます。

これらのアンプはペイジ氏所有のものかは分かりません。また様々なアーティストのレコーディングを担当していたため、スタジオのアンプや当時のイギリスでのスタンダードなVOX AC30なども使用していたのではないかと思われますが、あくまでも推測です。

ヤードバーズ時代

スタジオ・ミュージシャン時代を経てジミー・ペイジはヤードバーズに初めはベーシストとして加入しました。すぐにギターを担当しますが加入当初に使用していたギターがヤードバーズのもう一人のギタリスト、ジェフ・ベックから譲り受けた塗装のはがれたテレキャスターでした。ペイジ氏はこれに丸い鏡を取り付けました。これがミラーテレキャスターです。

Mirror Telecaster

弦を裏から通す仕様でアウト・オブ・フェイズサウンドが出せるようにサーキットなどに改良が加えられたようです。

おそらくピックアップもリワインドされているのではないかと想像できます。入手してすぐに手を加えてというインタビューがあるので、このミラーテレキャスター時にこれらの改良が施されたものと思われます。

ペイジ氏はミラーテレキャスターの外観に満足できなかったのか、この同一のギターに別の塗装を施すことにしました。これがLED ZEPPELIN ファーストアルバム時代までのトレードマークとなる、いわゆるドラゴンテレキャスターです。

Dragon Telecaster

ヤードバーズ時代になるとギターだけでなくペダル類やアンプにも変化が出てきます。このころから登場するのがジミー・ペイジ使用で有名なファズTone Bender PROFESSIONAL MKIIです。

初代Tone Benderを受け継ぎソーラ・サウンド社が開発したのがTone Bender MKIIですが開発は”MKI”と同じゲイリー・ハースト氏ということです。VOX社からも同じくTone Bender MKIIが発売されましたが、これはVOXの依頼でソーラ・サウンドがOEM生産したもので回路は同じもののようです。

このファズペダルに加えてVOX製のワウペダルも加わりました。このワウペダルはVOX初期の”VOX Grey Wah”で、これ以降70年代に生産される急激な変化特性のワウペダルよりも効き目はナチュラルだという事です。

アンプに関しては機種は変わりますがスタジオ・ミュージシャン時代と同じくフェンダーのアンプヘッド(Fender Dual Showman、Deluxe Reverb、Bassmanなど詳細は不明)キャビネットを使用する様子やFenderのキャビネットはそのままにアンプヘッドにおそらくVOXの4120ではないかと思われますが、使用している写真が確認できます。

VOX 4120 Amp Head

接続順は1970年のTV番組SUPERSHOW出演時の映像などからDragon Telecaster➡VOX Grey Wah➡Tone Bender MKII➡アンプの順のようですが、もう一点この時代のペイジサウンドの要としてジミヘンと同じく、ギターを繋げるのにカールコードを使用していた事も見逃せないでしょう。

シールドケーブルは音質にかなり影響を与えますがカールコードは音質への変化が、よろ分かりやすいと言えます。

これらをまとめるとヤードバーズ時代のセッティングは以下のようなスタイルがメインだったと言えそうです。

ツェッペリン初期のまだニューヤードバーズ名義で活動していた頃も基本的にはこの様なセッティングだったと思われます。

レッド・ツェッペリン1stアルバムレコーディング

ツェッペリンのファーストアルバムも結成後すぐにレコーディングが開始されたようですが、このレコーディングで使用されたとして有名なのがSuproのアンプです。機種に関しては諸説あるようですがSupro1624TまたはSupro1690T Coronadeをベースに改良を加えたものを使用した説が有力です。

ペイジ氏はインタビューで12インチのスピーカーが一つ付いているやつと発言しています。1624Tは元々12inch x 1ですがレコーディングされたギターサウンドの分析によるとパワー管に6L6を使用したときに出る倍音を聴くことができるそうです。

しかし、1624Tのパワー管は6973です。

そこで1690Tに注目してみるとパワー管に6L6が使われており、元は10inch x 2の1694TCoronadeを12inch x 1に改良したものではないかという説が現在では最有力です。

今年Suproからファーストアルバムで使用されたこのアンプを忠実に再現したSupro「Sundragon」を限定ですが発売したようなので、ファーストアルバムのサウンドを再現したい方は、こちらを使ってみるのもいいかもしれません。

ファーストアルバムのレコーディングではレズリー・スピーカーやエコーも使われているようです。エコーの機種に関しては次作レッド・ツェッペリンIIのレコーディングでVOX Long Tom Echo Deluxeと思われる機材を使用している写真があるのでファーストアルバムからこのエコーを使っていた可能性があります。

ファーストアルバムの機材をまとめると以下のようなイメージになります。

基本的にはヤードバーズ時代のセッティングを引き継いでいます。

ファーストアルバムのレコーディング後68年の終わりから69年初頭にかけて最初のUSツアーを行ったレッド・ツェッペリンですがこの時にペイジ氏が使用していたアンプはTransonicというRickenbackerのトランジスターアンプでした。

チューブアンプでないことが意外な感じですが移動や耐久性を考慮してのことでしょうか。このTransonicはレッド・ツェッペリンIIでもレコーディングの一部で使用されたようです。USツアーから戻ってからは、このTransonicに加えSOUND CITYというアンプヘッドを使用していたようです。

SOUND CITYアンプはHIWATTを設立したデイヴ・リーヴス氏が設計したという事でHIWATTの原型となるアンプと言えます。ジミーペイジ氏の使用したアンプを辿っていくとハードロックの原型、大音量化時代の試行錯誤そのものと言えそうです。

このSOUND CITYのヘッドと映像などからFenderではないかと思われるキャビネットを組み合わせて使用していたようです。

 

LED ZEPPLIN II レコーディング

さて、69年に入ると早くもセカンドアルバムのレコーディングもツアーと並行して行われましたが、この頃から機材面での大幅なパワーアップが図られます。それがペイジ氏のトレードマークとなる’59製ギブソン・レスポールとマーシャルアンプ1959 Super Leadです。

 

このレスポール・スタンダードは先のUSツアー中にジョー・ウォルシュ氏から購入したという通称”ジミー・ペイジNo.1”と呼ばれるものです。これ以降のツェッペリンのギターサウンドにとって欠かせない存在であり替えの利かない正にNo.1と言えるギターです。

レスポールも1959 Super Leadも最初はレコーディングにおいてのみ使用していたようです。

IIのレコーディングではレスポールとマーシャルがメインになったとはいえ前回ファーストアルバム制作でも使用されたDragon Telecasterも一部で使用されたでしょうしSuproアンプや VOX Long Tom Echo Deluxeもスタジオで撮影された写真で確認できます。また、トランジスタアンプのTransonmicも『ハートブレイカー』のリードプレイ『胸いっぱいの愛を』のリフで使用されたのではと言われています。

その『胸いっぱいの愛を』の中間部分でのエフェクトで有名なのがテルミンです。ジミー・ペイジが使用していたものとは違いますが下のような画像の機材です。

ロシアの発明家テルミン氏が開発した世界初の電子楽器でアンテナに手をかざし、その距離で音程を変化させるという不思議な楽器です。ギターに接続して演奏するものではありませんが、とても印象的なエフェクトです。このような前衛的な機材と『胸いっぱいの愛を』などの曲構成はプログレッシブ・ロックとしての一面も感じさせます。

以上をまとめるとレッド・ツェッペリンIIのレコーディング機材は次のようになります。

これらレスポールとマーシャルアンプもレコーディングが進むにつれライブでのステージ上においても徐々に姿を現し始めました。徐々にというのは先ほどのDragon telecaster用にと思われますがTransonicやSoundcity Ampのセットアップと1959 Super Leadがステージ上に同時に置かれていたり、1969年3月あたりのイギリス国内やヨーロッパでのライブ写真ではDragon Telecasterもレスポールも同じ日に使用していると思われる記録があります。

北欧ツアー中のサウンドチェック時に撮られた写真ではDragon TelecasterをSuper LeadとSoundcityにYコードを使って分配する珍しいセットアップを見ることができます。

これらはレッド・ツェッペリン公式サイトのTimelineの画像記録で観られますので興味のある方は確認してみてください。

Dragon Telecasterはこの時期から徐々に見られなくなり、レスポールがメインとなりますがアンプに関してはステージ上では1959Super Leadで確定した訳では無いようでSuper Leadのほかに引き続きSoundcityやマーシャルJTM100のP.A.用アンプヘッドと思われるものも使用していたようです。

レスポールとマーシャルのコンビネーションの原型がこのころから登場したと言えるでしょう。

70年代に入ると一般的に知られているジミー・ペイジの使用機材が出そろいますが、それはまた次回に詳しくご紹介する予定です。お楽しみに!